最高裁判所第一小法廷 昭和51年(行ツ)33号 判決 1979年6月21日
上告人 安藤勝弥
被上告人 浦和税務署長
訴訟代理人 青木正存
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人渡辺靖一、同羽生雅則、同小林雄三、同岡咲恕一の上告理由第一点について
論旨は、要するに、本件における更正及び過少申告加算税の賦課決定(以下「本件処分」という。)は、それぞれ、所得(国税通則法にいう課税標準)の算定と所得税額(同法にいう税額等)の決定の二つの処分から成るものであるから、所得税額の取消による減少があつても所得の算定について独立に無効の確認を求めることができると解すべきである、というのである。
しかし、国税通則法及び所得税法は、課税標準の計算及び税額の計算について、納税者に対する関係においては両者を不可分一体のものとして処理することを予定しており、申告納税方式においては更正・決定、賦課決定方式においては賦課決定という一箇不可分の行政処分をする建前となつている。したがつて、これらの行政処分について、所得算定の部分のみを対象として独立に無効確認を請求することはできないものと解すべく、原審が右の見解に立ち、上告人の無効確認請求を被上告人のした更正処分についてのそれと解し、上告人の主張するように、所得算定部分のみについての無効確認請求として取り扱わなかつたことになんらの不当はない。所論は、独自の見解に基づくものであつて、採用することができない。
同第二点の一、二について
論旨は、要するに、本件処分理由(一)について、上告人が受領した損害賠償金及び補足金は、一時所得であるのに、原判決がこれを譲渡所得としたのは違法である、というのである。
しかし、譲渡所得に対する課税は、資産の値上りによりその資産の所得者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税する趣旨のものと解すべきであり、売買交換等によりその資産の移転が対価の受入れを伴うときは、右増加益が対価のうちに具体化されるので、法はこれを課税の対象としてとらえたものと解すべきであることは、当裁判所の判例とするところである(当裁判所昭和四一年(行ツ)第八号同四三年一〇月三一日第一小法廷判決・裁判集民事九二号七九七頁)。本件についてこれをみるに、原審が適法に確定した事実関係のもとでは、訴外会社から上告人に支払われた六六〇〇万円の金員は、その名目の如何にかかわらず、本件甲土地の譲渡に対する反対給付であり、これには右甲土地の値上りによる増加益が具体化したものも含まれており、したがつて譲渡所得税の課税対象となると解すべきであるとした原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第二点の三について
原審の適法に確定した事実によれば、本件戌土地の譲渡に伴い上告人に一〇六〇万円の所得が発生していたのであるから、本件更正処分に所論の違法はなく、上告人に右所得を超える所得のあることをもつて直ちに右更正処分の無効事由とすることはできないものというべきである。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同第三点について
論旨は、本件処分には課税標準の算定ないし税額の決定に関して基礎となる事実の誤認など重大な瑕疵があると主張するに帰するが、上告理由第一点につき、所論の理由によつて本件処分の無効確認を求めることはできないこと、同第二点につき、所論の無効事由がないことは、いずれも前記判示のとおりである。論旨は、採用することができない。
同第四点について
本件処分に所論の瑕疵がなく右処分は相当であるとした原審の認定判断は、原判決の挙示する証拠関係及びその説示に照らして是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判官 戸田弘 団藤重光 藤崎萬里 中村治朗)
上告理由
第一点
一、本件控訴審判決(以下原審判決と略記)は、本件審理において、所得の算定---国税通則法にいう「課税標準等」---種類、価額の計算---と、所得税額の決定---国税通則法にいう「税額等」---金額の特定---との区別を誤認、混同してなされた違法がある。
前者は各納税者の各種所得の種類、所得金額を幾何円であると計算し、決定することであり、後者は、前者の決定された各種所得の金額が計算されたことによつて、各納税者の税金額が幾何円であるかを計算決定することであつて、相並立する二個の処分である。
租税債務は課税要件の実現によつて成立する。国家が課税要件に適合して成立した租税債権を実体法の基礎によつて宣明し、租税債権を実行するための行動、即ち租税手続が綜合規定されているのである(租税法律主義)。その手続の本質は分析運用され、理論的厳正が保障されなければならないところ、原審判決理由によつてはそのことが何等示されておらず、租税債務の「確認」とその結了後における「租税額の決定」を弁別せず、租税行政法の租税債務法に対する独立性を無視し、法文の解釈を全く誤つている。
両者の区別は、理論上ばかりでなく、所得税法の沿革からいうても明かである。旧所得税法(旧営業税法も同じ)は課税標準決定処分と租税の賦課処分(現行法の税額等決定)とを峻別規定し、租税債権の成立と確定には相当の期間があつた。
旧行政裁判における救済の法的根拠も、旧所得税法による出訴と一般租税賦課による出訴とは根拠法令を異にするものとして判決していたことによつても明白である。詳言すれば、法律に基礎をおく実体的租税債権の如く、法律上当然、即ちこれに関して特別の行政行為によつて請求せられることなく、義務を規定する法規範の領域と具体的債務の受領(履行)を実現する行為を規定する法規範の領域が存し、後者によつて租税官庁は更に個々の場合に与えられた権能を如何なる範囲に及ぼすべきか、成立した債権の金額の確定(各種所得の計算)---法規が許す範囲においてのみ要求することができる法律上の効果の「確認」---と、確認を根拠とする納付すべき債権(税金)額の給付命令を適式になすべき権能の行使があるのである。右の「確認」は法治的に構成せられている法律の定めている事実の上に発生するものであり、給付の命令はそれに対し所与の条件、税率を適用して、納付すべき税額の告知が具体的になされるのである。かくて、租税行政上の活動は客観的法律秩序を実現することを最終目的として為されねばならないのである。
現行国税通則法は租税制度の数次の歴史的沿革、理論の発展を承けて成立し、その第二章国税納付義務の確定の章において、「義務の成立」及び「税額」の区別を明かに法文に示している(例、更正又は決定に関する第二十四条乃至第二十九条等)のであるし、現行所得税法もまた、その第二編第二章において「課税標準、およびその計算(第二十二条以下)」第三章「税額の計算(第八十九条以下)」と区別して規定しているので本件の場合上告人は、主位的請求として、被上告人浦和税務署長の為した更正および賦課処分(<証拠略>)の無効確認を求めているのであるが、無効な処分として原告が求める「確認」の対象とする行政処分は、右に述べた、「確認」の意義における更正処分、および過少申告加算税の賦課決定処分をいうのである(但し、原判決中、被上告人が上告人の異議によつて取消した分、国税不服審判所長が上告人の審査の請求によつて取消した分を除いたのは、右に述べた意義における給付命令の税金額の減少した事実は争わないというに在り、確認処分の当否については影響は及ぼさないことを前提として除いたに過ぎない。)。
従つて、税額の取消があつて、税金の減少があつても、処分の無効確認には直接の関係はない。そこに主位的請求と予備的請求をした理由があつたのである。然るに、原審判決は、その間の理論的解釈を考慮することなく、事実関係を紛淆して「……その無効予備的にその取消を求める控訴人の本訴請求は理由がない」として十把一からげに判断しているのは、上告人の納得し難いところである。
而して、上告人が求める、被上告人がなした「昭和四十六年二月十七日付でした被上告人の昭和四三年分所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定(以下原決定と路記)」には重大かつ明白な瑕疵があつて、それが「処分成立の当初から誤認であることが外形上客観的に明白であるかどうかにより決するとする判例(御庁昭和三六年三月七日民集一五巻三号三八一頁)」に違反し、上告人の本訴請求は理由がないとの結論を導いて不当に控訴を棄却した原判決は、破棄されねばならない所以を明かにする。
(1) 原判決理由には全く記載がないのであるが、浦和市大字広ケ谷戸字吹通三番宅地四三二・二平方メートルの土地は曽て上告人が所有した事実なく、また同土地を尾張屋不動産に売却した事実も全くない。従つて、この部分についての原決定処分は明白違法のものであることは一点の疑もない。そのことは訴状(請求の原因第三項(イ))請求の理由冒頭において主張した。
これに対し、被上告人は昭和四六年五月二六日付答弁書において、右事実を「否認する(四枚目表五行目)。」「職員が誤りあることを認めた……点は否認(同上終り二行)」するとして「予備的申立にかかる訴の却下(同上一枚目裏四行)」を求め、「課税処分の適法性……は追つて主張する(同上六枚目表二行)。」等々虚勢と遁辞を構え、剰さえ、上告人が浦和地方裁判所に仮処分命令を申請、本件処分の国税滞納処分の執行停止を求めたのに対し、被上告人は同裁判所に意見書を提出し、同書面において「被申立人(被上告人)の本案更正処分にはなんら違法はなく、まして申立人の主張されるような重大かつ明白な瑕疵はない(意見書二枚目表五行以下)と囎き、そして原判決を根拠として権力行動に出で、上告人に対し滞納処分を強行した。
しかして右瑕疵の存在は明白な事実である。後に被上告人から提出された証拠(<証拠略>)の調査が行われたのは、処分の行われた後のことである。昭和四六年六月二八日付で取消がなされ、同年一一月二四日付準備書面において始めて「……異る物件であり買受人もそれぞれ大岩嘉一外一名および有限会社尾張屋不動産と異る人物である如く判断され……(同書面二枚目裏七行以下)」被上告人の処分が当初から誤認であることを認めるに至つたのである。
(2) 右瑕疵があるのに上告人の主張を否定し、被上告人が原処分は適法なものであり、本件処分に重大明白な瑕疵があるとする原告(上告人)の主張はなんら理由はない(昭和四六年一一月四日付準備書面第二項)と強弁し、維持しようとする総所得金額四五、八九四、六九五円中には右(イ)明白な瑕疵に属する所得金額が明らかに包含されていることは争ない事実である。被上告人が異議申立によつて上告人の主張が正当であることを認めているのである。然るに原審は、前掲御庁判決の「瑕疵が明白かどうかは処分成立の当初から誤認であるか(中略)どうかにより決すべきものと解するのが相当であるとされている趣旨を知つてか知らずか、その点につき審理を欠き且つ理由の説示もしていない。なお「重大」な瑕疵という「重大」については別項で述べることとする。
(3) 被上告人が、原決定において認定し、原審判決が理由第二項本件処分理由(一)について譲渡所得とした上告人が訴外会社から支払を受けた収入金額六、六〇〇万円について、原決定が譲渡所得と認定することが正当であるとするならば、譲渡に要した費用を控除すべきであつたに拘らず、それをしなかつたのは重大かつ明白な瑕疵である。その費用不控除が税法の規定に従つていなかつたことは国税不服審判所長の裁決によつて証明されたところであり、蓋し当然のことである。この瑕疵は処分成立の当初から存立した瑕疵であることは説明を侯つまでもあるまい。しかも、右の費用は被上告人の法律上の調査義務であるのに、恰も上告人に非が存するが如き口吻を以て「やむを得ず推定計算した(昭和五〇年七月一六日付被上告人準備書面一枚目裏三行)というのは自らの非を蔽うわんとする態度である。加之、その金額は弁護士会所定の報酬規定の金額に充たない遙かに低額な専恣な推定であることは兎も角として、上告人が当該所得の非課税を一貫している以上、対応する費用控除を云為すること自体理論上矛盾撞着、且つ被上告人の決すべき事項を承認するに外ならない。但し、予備的請求の取消原因として上告人が主張し得ることはいうまでもない。
原決定に当つて被上告人が所得認定に伴う費用認定控除を全く欠落したのに、原審はこの点について何等の審究をすることなく、本訴は理由なしと判断した中に一切含ましめ(本項冒頭の混同)ているというのであろうか。法の適用と事実関係を明かにしていない違法な判決である。
以上は争なき事実関係に基づく明白な無効原因である。
次に争ある事実関係に基づく明白でない無効原因について
第二点
一、原審判決が譲渡所得と認め、上告人が非課税と主張した訴外会社から支払を受けた損害賠償金(填補賠償)については、訴提起以来縷々主張してきたところであり、就中原審に提出した準備書面(一)(昭和五〇年二月七日付)第一項(二)において明かにしたのであるが、これを排斥した原判決は、譲渡所得の計算に関する理論、および実情に反する。抑々所得の源泉から繰返し発生する収入であることを必要とし、例えば、資産、営業、自由職業、非独立職業等のように所得の源泉から生ずるものでなければ所得とならない---講学上所謂源泉説---即ち、所得を規則的に所得の源泉から生ずることを必要とする。従つて、所得の源泉から生じたものでない相続、贈与、懸賞金等一時的の収入に属するものは所得の観念中に包含せしめないで、所得の計算から除外する。この説は純理論的であり、所得と所得を生ずる基本たる資産とを区分するところに合理的根拠を有するのである。旧所得税法は個人所得の計算上原則としてこの主義によつていた(法人の所得の計算は原則として貸借対照表上の益金をもつて法人の所得とし計算する---講学上所謂資産増加説)。しかし、租税政策、財政事情等によつて純粋に理論を貫くことは実際上却つて不当の結果を生ずる面もあり、理論上は所得でない収入で、資本の取得と認めることが妥当であるとしても、立法によつて便宜所得税の計算上課税標準の中に包含せしめることが適当であり、又可能でもある。それ故に、現行所得税法は個人所得の計算上一時的収入に属する収入であつても課税する主義をとり規定を設けている。上告人は現行法令に従うことに敢て異論を挿む趣旨ではないが、本件の場合は上告人の受けた損害賠償金の収入は全くの損害補填、即ち土地(資産)の喪失に対し支払われた一時的の収入に属するものであつて、上告人の得たる五、六〇〇万円の収入金が所得計算上所得に加えられることが正当とされるならば、上告人の一方的土地喪失の事実は資産の喪失として損失に計算されなければならない。相手方の交換契約の履行不能によつて上告人が蒙つた損失は取得資産の取得不能それ自体で、金銭債務ではないのである。上告人が交換契約を約諾したのは、地元上尾市長の要請斡旋のもとに同市の都市計画、工場誘致等一連の施政のために協力し、上告人の工場予定地の保全のためであることを明かにして、訴外会社と土地と土地の交換ならばよいとしたのであり、その趣旨が示すように、工場用地にする目的で保有した土地を提供し、工場用地とする土地を取得すること、即ち資産の保有の目的が保障され、唯単に物件の転換に過ぎないと解したからである。然るに予期に反し交換は実行されず、相手方と別件訴訟で争うこととなつたが、上告人は毫も所有土地(甲地)の対価または権利を根拠とする金銭的要求をした事実はなく、専ら交換契約に基いて土地保有の実現を求める努力をしたのである(尤も最後は金銭賠償に終つたけれども。)。
かかる事実関係のもとに発生、受領した損害賠償もなお一時的所得として課税の対象となると解することが理論上も実際上も相当とされるのであろうか。そのようなことは許されまい。
然るに、これを資産の譲渡による所得として捕捉、譲渡益のみを計算して更正処分をした原決定は法律の解釈適用を誤つた瑕疵ある処分と謂うべく、更にこれを適法とした原判決は破棄を免れない。若し強いて課税所得として取扱われるとせば、所得税法第三十四条により一時所得とし、資産譲渡の対価としての性質を有しないものと認定することが或は正当且つ理論的であるかも知れない。
二、昭和三六年七月発生、受領の補足金一、〇〇〇万円を昭和四三年一二月和解によつて支払われた損害賠償金に加之、且つ昭和四三年分の所得として更正した原処分は、所得として計算できない収入金を更正の内容とした上、しかも更正の期間制限を超えて違法に決定をした瑕疵があり当然無効の処分である。
民法に基き当事者間において適法に成立した契約の法律による有効の効果を否認する権能が租税官庁に与えられているとは、何人も予測しまた承認しない。但し、納税者が租税の逋脱または租税回避の目的で課税標準等または税額等の計算の基礎となるべき事実を隠蔽または仮装した場合は別であることは勿論であるが、上告人においてはそのような事実はない。
本件は昭和三七年七月交換契約が成立し「補足金」の支払を受けたのであるから、所得税法第三十六条第一項によつて、その年分総収入金額に算入すべき譲渡所得に該当し、上告人のその年において収入すべき金額として確定的に支払われたのである(補足金が課税所得であることは当然であり、上告人と雖も否定しない。)。
一般に交換契約が故障なく履行が完了されたときの補足金は何等の影響ないことはいうまでもない。基本の契約が不成就となつた場合の補足金はどうなるか。そのまま取得されるか、返還されるか、その何れかでなければならない。その場合全額が返還されれば補足金の収入による譲渡所得は零となつて課税の問題が生じないことは自明の理であり、そのまま取得された場合のみその年分の、譲渡所得でなく、一時所得となつて課税の計算に加えられるであろう(一部を返還したときは残余の部分が計算されることは説明するまでもない。)。
本件の場合は、基本の契約が相手方の履行不能または上告人の契約解除の申入れによつて交換契約が実現しなかつた事案であり、補足金は返還されなかつたことは争ない事実である。
従つて、補足金として上告人に対して支払われた昭和三七年分の課税所得の計算において、一時所得として加算することが、発生主義、現実収入主義の何れに拠るも正当とせらるべきところ、原処分はその措置をとることなく、時効完成後である昭和四十三年分の上告人の所得に算入して、昭和四十六年二月十七日付本件更正処分をしたのであつて、右一、〇〇〇万円に対する更正は絶対無効の瑕疵を包蔵することは明白な事実である。
この事実について何等の審究しない許りでなく、「それが損害賠償金、補足金等の名目のものであつても、その譲渡した資産に蓄積し内在していた値上りによる増加益が具体化したものとみられる限りは、総収入金額に算入すべき金額であつて課税の対象と解するのが相当」であるとして、昭和四十三年十二月二十四日発生の損害賠償と合算して右一、〇〇〇万円の更正も相当としている。
しかして、所得標準及びその計算に当つては、債権発生時期によるか現実収入時期によるか何れかでなければならない。それ以外に捕捉する方法は考えられないし実際上の取扱もその何れかで行われている。一、〇〇〇万円の本件補足金は交換契約成立の昭和三六年七月二二日において発生し、同月二七日に支払われ、上告人が受領したことは争いない事実である。加之、交換契約書第四条に「補足金として壱千万円也の金銭の所有権を甲(註。上告人を指す。)に移転する」と特に交換契約なるが故に土地の対価でないことを表明し、同第八条に契約解除の場合は「損害賠償金に充当し、……返還を求めないものとする」としており、また、和解条項第三項において、第一項損害賠償金五、六〇〇万円の支払義務確認(損害賠償債権発生)以外には何等の債権債務のないことを相互に確認し、既に所有権移転を了していた右一、〇〇〇万円の返還債務は存在しないことを確認し、後日の紛争を一切なきものとして当事者の合意がなされていることは明白な事実である。この点に関する被上告人の更正は明白な瑕疵であり、原審がこれを是認し、判決理由で縷々説示しているところは、牽強附会の説明であつて事実の誤認である。
三、本件原処分理由田、原審判決理由三の、訴外大岩嘉一及び訴外石川作太郎との間に売買した土地代金一、〇六〇万円は、同契約土地代金の大部分であることは事実であるが、原審口頭弁論終結の後の事情として明かになつた。従つて、戌土地に喰い込むことがないことが、市道の付け替え工事が実地において完了した結果判明し、買主に対し引渡した土地には影響を及ぼさなかつた事実が確認され、契約代金全額の支払を請求し得る事実が確定した(残額支払請求の事由が発生したので約六四万円の請求額で訴訟提起の予定)。この点は上告趣意補充として具体的に事実を証する書面を添え追完したい。
右の事実は、更正が事実に基づかない処分理由であり、瑕疵は明白な事実である。また、これを正当な処分と肯定し「未発生の所得に課税した違法があるとはいえず右処分理由は相当である。」と判断したのは、上告人が未確定の譲渡所得に課税した違法を主張するに対し失当の理由を示したもので、事実誤認に基くものである。
第三点
一般行政処分が無効であるためには処分庁の認定に重大かつ明白な瑕疵がなければならないところ、上告人は上記第一点、第二点において、原処分に瑕疵が存することにつき原審判決に対する上告理由に包含し、並行的に述べた。
右被上告人の処分の瑕疵中、第一点一(1) (2) の事実関係は明白で争のないものであり、第二点一、二、三は然らざるものであるところ、御庁判例に示された重大かつ明白な瑕疵でなければならないとする「重大」について述べる。
各種の租税の税額決定は殊に慎重に準備せられ、自己の処分に拘束せられ、一度決定せられた法律状態は維持せられ(行政処分の確定力)、執行力をもつに至ることは著明な事実であり、現行所得税法が申告納税方式により納税義務者の有力な参加によつて執行されるのであるから、確定的効力は一層強く主張される(本件においても過少申告加算税の併課がある。)と共に、他方納税義務者の利益は充分保護されなければならず、基礎たる事実の誤認は、常に納税義務者にとり利益の侵害となり「重大」な問題となるのである。この法律により規律せらるる関係、即ち法律関係を創造する国家の行政行動によつて相手方として重要な地位に置かれることが重大なのである。その創造手続に存する瑕疵が国家の行動として認容されない場合を重大な瑕疵といわねばならない。本件の場合、原決定には重大な瑕疵があるとされなければならない。
仮りに、上告人が無効とする個々の理由のうち無効原因として成立し難いものがあるとしても、租税手続という概念および判決手続確認が結了するに至るまでの過程、即ち調査、更正から判決確定に至る行政上の諸手続、応訴における態度の斟酌等凡ての事実関係を通じて綜合検討の上、窮極における原決定の正否が判定されなければならない。原審判決のような形式的な解釈、適用が公平適正な課税の理念を実現するものとは思料されない。
第四点
上告人は、第一点乃至第三点の理由に因つて、原処分が無効と確認されることとならない(主位的請求の排斥)としても、その主張する諸点は少くとも処分取消の理由として肯認されるべきものである(予備的請求)と確信するものであるが、原審判決はその点につき審理不尽である。
以上の理由により原判決を破棄自判または、差戻判決を賜りたい。
以上